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スーパーアグリ・F1撤退発表。 [F1]

スーパーアグリF1チームの鈴木亜久里代表は6日、都内で記者会見を行ない、「今日をもってF1での活動に終止符を打つ」と発表した。

 2005年冬、立ち上がったばかりのスーパーアグリF1チームが大規模なプロモーションを行なった東京・表参道。奇しくもその表参道で、スーパーアグリのF1撤退を告げる記者会見が開かれた。出席者は鈴木亜久里代表ただひとり。16時になり、秋田史エーカンパニー代表が司会を務め、亜久里代表が壇上に上がり、記者会見が始まった。

 ほんのり笑みを浮かべ席に着いた亜久里代表は、赤い縁のメガネを取り出し、「この後皆さんにお配りするリリースの内容を読み上げさせていただきます」と、“スーパーアグリF1チームからの声明”を読み上げた。

 そのまま、会場の動揺が収まるのを待つ様子もなく間髪入れずに話し出す亜久里代表。「思えば2005年の11月1日にチームを立ち上げるという発表をして、その時も僕ひとりで壇上に立って、終わるときもまたひとりかなと(笑)。でも今は一緒に戦ってくれてきたスタッフ、ドライバー、それにファンの皆様が僕の後ろについているんで、そういう意味ではその時とはだいぶ違う状況になりました」と語り晴れやかな表情を見せる。

 今回の撤退に至るまでの経緯として、亜久里代表はまず2007年のメインスポンサーだったSSユナイテッドの債務不履行が大きな原因として挙げる。「SSユナイテッドとスポンサーとして、パートナーとして進んでいくはずだったんですけど、急遽契約不履行ということで、そこから一気にシーズン途中から資金難が続いてしまった。その後どれだけのパートナー候補と話をしてきたか分からないくらい色々な会社とも話してきましたし、世界いろんなところに飛び回って進めてきたんですけど、それがうまくまとまらなかった」と亜久里代表。

 さらに、「昨年のイタリアGPから話をしはじめた」というマグマ・グループとの交渉を2ヶ月半にも渡って続け、開幕直前に目途がたち、開幕戦オーストラリアGPに参戦はできたものの、スペインGPの前に「今後はスーパーアグリF1との話はできない、と1通の手紙で終わってしまった。どういう状況なのか、なんの説明がないままこういう結果になった」ことがいわば“致命傷”になってしまったということだ。

 その後も、ドイツのバイグル・グループとの交渉を続けたものの、トルコGPまでに簡単にまとまるような内容ではなく、亜久里代表いわく「タイムオーバー」という結果になってしまったスーパーアグリF1チーム。2006年開幕戦のデビューから、何度も苦しい状況を戦い抜き、昨年のスペインやカナダのような興奮をみせてくれた“純日本チーム”は撤退という苦渋の決断を強いられることになってしまった。

 しかし、4日の富士スピードウェイで「僕にやれることは全てやった」と語っていた亜久里代表。「ホンダさん、ブリヂストンさん、それにスポンサーの皆さんがここまで支えてきてくれましたし、皆さんのおかげで、短い間だったとは思いますけど、2シーズンと半分しか戦えなかったんですけど、非常に内容の濃いレース活動ができたと思うし、印象深いチーム作りができたんじゃないかと思います」とその活動を振り返った。

 途中、2年半を振り返る時に一瞬涙ぐむシーンもあったが、「僕としては、皆さんにこうして話することに悔いはないし、皆さんに本当に感謝の気持ちだけです。本当に2年半、ありがとうございました」と、その表情には悔いがない様子だった。(AUTOSPORT WEB)

カスタマーシャシーの問題は、未だ解決せずプロドライブも参戦を見合わせているので、アグリだけの問題ではない。トロロッソも同じ問題を抱えどーなるのか?F1 

 



 


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